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ご当地情報

松山ほっと通信~松山まつり

8月です!夏といえばお祭り。
そこで今回はまさに松山HOT通信、お祭り情報をお届けします。

恒例 第41回松山まつりが8月11日(金)・12日(土)・13日(日)の3日間開催されます。
今年は夏目漱石の小説「坊ちゃん」百周年の年なのです。■□■□■□■松山まつり 野球拳■□■□■□■

四国4大まつりとして昭和41年に始まった松山まつりは、毎年8月11日から13日に行われ、
年々エキサイトする野球サンバ大会、2日間開催される踊る野球拳おどりの等の行事があります。
今年は、小説『坊っちゃん』発表100年記念のため、『坊っちゃん』に関する衣装での参加も可能。
どんな『坊っちゃん』『マドンナ』が登場するでしょうか。

さてこの祭りで盛り上がるイベント野球拳。この野球拳は昭和44年から始まった高視聴率番組、
日本テレビ系「裏番組をぶっとばせ」コント55号のおかげもありますが、
野球拳の知名度は相当のものです。

野球サンバ_001.jpg

ただこの番組ではじゃんけんに負けた女優が1枚ずつ服を脱いでいくという、
当時としてはかなりきわどいインパクトのある内容でしたので、
皆さんの印象のなかに野球拳といえば「ムフフ」と勘違いをされている方も多いかと思います。

ということで、この機会に野球拳の由緒正しい成り立ちをご紹介します!

「この野球拳の生い立ちは思いのほか古く、大正13年にまでさかのぼります。
当時松山を代表する伊予鉄道電気野球部は、高松市の屋島グラウンドの
完成記念近県実業団野球大会に出場、しかし高商・高中クラブ連合に8対0で完敗してしまいます。
しかしそのままでは帰れないこの野球部員は高松市内の旅館で行われた夜の懇親会において
とっておきの芸を披露します。試合で負けて夜の宴会芸で勝利を収めた、
その伝説の隠し芸が野球拳なのです。

川柳作家として著名な伊予鉄電野球部副監督の前田伍健氏は即興で歌を作り、
別室で踊りを振り付けました。選手全員はユニフォーム姿となり、歌と三味線に
合わせて踊る野球拳は大喝采。夜の部は伊予鉄道電気の圧勝でした。
この踊りは松山でも流行り、宴会芸の定番となります。

戦後の昭和29年(1954)、野球拳は全国ブームとなり、レコード会社が
野球拳を競って発売しますが、作者は不在のまま。松山・高松・岡山で
本家争いが繰り広げられましたが、写真が決め手となって前田伍健が作者として登録されました。

野球拳は四国四大まつりのひとつ、松山の夏を彩る「松山まつり」では
昭和45年(1980)第5回から「野球拳おどり」が街を練り歩きます。
松山市制百周年記念の年、平成元年(1989)からは「野球サンバ」(作曲・ダン池田)も加わり、
サンバとなった野球拳のリズムにのり、まつりは盛り上がります。

また、昭和58年(1983)からの松山春まつりでは毎年、
松山城で本家野球拳全国大会が行われています。」

参考/土井中照氏HP「松山のいちばん」

野球サンバ_003.jpg


野球するなら こういう具合にしやしゃんせ
 投げたら、こう打って 打ったら、こう受けて
ランナーになったら、エッサッサー
 アウト、セーフ、ヨヨイノヨイ
あいこでほい
  (勝負の決まるまでつづける)
(勝負が決まると)
へぼのけ、へぼのけ、おかわりこい


松山まつりの公式HPはこちら


梅雨も明けて大変暑い毎日ですが、こうなったらまつりで暑さを楽しませてもらいましょう。
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